青天の霹靂。寝耳に水。
2019年11月
ちょうど昨年の今頃
母にガンが見つかった。
やはりと言うか
さすがと言うか
根っからの
「おめでたい」性格
のおかげで
母は今日も
ガンと上手に付き合いながら
暮らしている。
母とはもちろん
良い思い出だけでなく
悪い思い出だけでもなく
むしろ
思い出したくもないことや
言い方は乱暴だけど
「アンタのおかげで
苦しんだのさ」と
心の中で叫びたいことが
山ほどある。
いわゆる親が
「良かれ」と思って
やってくれたことの数々。
幸いにして
毎日♪恨み節~を唄うような
アラフィフ主婦ではなく
穏やかな気持ちで
今、生きていられるのは
だんなさんのおかげと
母の「きちんとした、ちゃんとした」
しつけのおかげと
私自身のモーレツな
努力があったからだ。
実家から
母の病気についての
第一報を受けた時
私の心は
とても静かだった。
驚きや悲しみや不安などは
ネガティブ要素は一切なくて
「そうなんだ」
まるで自分のことのように
病気を患っていることを
受け入れたような
感覚だったことを
よく覚えている。
そうは言っても
“不思議ちゃん” 故に
正直
強すぎる感受性は
ブレブレに揺さぶられまくった。
あれから1年が過ぎた。
神様と現代医学が
母の命を
終わらせずにいる。
でも、先日
母のガンの転移が分かり
緊急入院から退院して
自宅療養の環境を整えるための
応援を頼む連絡が
父から入った。
いよいよ私が
全力で身体を動かす
出番が来た。
感情が揺れる自分を
自宅のだんなさんに預けて
実家へ向かった。
・・・・・
実家での滞在から
1週間ほど経って
自宅で静かに過ごす間に
私の中に
この先ずっと
忘れずに大切に持っていたい
お告げにも似た気づき
が生まれた。
いつか
読み返すかもしれない
自分宛ての手紙のつもりで
小話を綴っていきたいと思う。
私事で恐縮だけど
お付き合いくださると幸い。
つづく。
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