季節の変わり目
アラフィフ主婦は
体調の変化が大きい
お年頃。

 

ということで
前回の小話から
日にちが空いたので
ざっくり過ぎるあらすじを。

 

思い出していただき
続きをよんでもらえたら幸い。

 

 

◆◆ 前回までのあらすじ◆◆

 

2019年、昨年の今頃
母のガンが見つかって
ガーン、としていた私。

 

娘としてオロオロ
妻としてふにゃふにゃな
時間の経過と同時進行で

 

母の身体は
良くない状態へと向かっていた・・・

 

◆ ・・・・・ ◆・・・・・◆

 

母の中にいるガン細胞
初めて見つけた時
母の胸の膜に悪さをしていた。

 

穴の開いた膜からは
本来は入らないはずのお水
既にたくさん侵入していた。

 

 

主治医の先生と
本人・家族を集めての
治療方針を決める話し合いで

 

(私のネーミング)
「第一ブレンド」
抗がん剤治療を選択した。

 

幸い母の身体にフィットしたようで
ボツボツと
日常生活を送っていた。

 

 

2020年は
世界中の人たちが
流行り病の影響で

 

強いストレス
抱える時間となった。

 

しかしながら母としては
同じ時間を、自分の病で
いきなり隔離生活を
余儀なくされたのだけど

 

精神的には
私一人おこもり生活
しているんじゃないわ」と

 

変な表現になるけど
ある意味、お得感を持っていた
ようだった。

 

 

が。

 

 

母の中にいるガン細胞
約一年の間に

 

今度は
母のお腹の膜に悪さをしていた。

 

 

お水が溜まって
ポンポンに大きくなった
自分のお腹を
父に隠し続けているのが
我慢できなくなったのだろう

 

ってか
父にバレちゃったもんだから
→緊急入院
→1ヵ月の入院生活
の間に「第二ブレンド」
抗がん剤投与
→退院、自宅療養となった。

 

「第二ブレンド」の抗がん剤が
「第一ブレンド」のそれよりも

 

抗がん剤の投与による
副作用がめっちゃ現れる程の
強いお薬だったことは

 

母の姿から
簡単に想像できた。

 

 

自宅療養の環境を
整えるべく実家へ向かい

 

そこにいた母は
どんなに
オブラートに包んだとしても

 

ガンを患っている人だね
という様子で
私を迎え入れてくれた。

 

横になることなく
椅子に座っていてくれて
ありがとう。

 

 

退院直後ということもあり
体力が落ちているだけで
私との会話は十分できたから

 

今後の生活環境を作るのに
ふたりで試行錯誤した。

 

 

大げさになるのか?
私にとって初めての
親の介護に当たる。

 

 

子供のいない私としては
自分自身を二の次にして

 

誰かの何かのために
尽力を注ぐとは
こういうことか、という感じで

 

気力・体力・時間などを使う
生まれて初めての
ヘロヘロ状態の経験をした。

 

 

ココでミラクルが起きるから
人間ってやつぁ~スゴイな。

 

 

昭和時代の価値観
バリバリ備えている母には
ガマンガンバルという
底力があったのだ。

 

母の底力のお陰で
お食事と排せつの
パターン作りまできた。

 

よくここまで来たで賞
差し上げたい気持ちになった。

 

 

その後
母は日を追うごとどころか
半日、いや時間を追うごとに
ひとりでできることが多くなり

 

アレ?ベッドにいない!
と思ったら

 

おトイレの方向から
ひょこひょこ1人で歩いてくる
なんて瞬間もあった。

 

そして迎えた
退院後、初めての外来診察。

 

 

私には
神様が設定してくださった
母の命の時間
未だ、当然分からないんだけど

 

血液検査と尿検査の
結果を踏まえて

 

その日予定されていた
二回目の「第二ブレンド」
抗がん剤投スケジュールに

 

先生の判断で
マッタがかかった。

 

その日の母の身体は
抗がん剤を受け付けることが
難しい状態だったのだ。

 

 

ここからは
ちょっと余談だけど

 

母の命の長さの限りを
受け止める
気力体力を備えるために

 

私は命の母
飲もうかどうしようか

 

母の命がある間に
相談してみたいという
甘えた娘。

 

つづく。

ABOUT ME
星野 葉南
季節の移ろいを感じ、星空からのメッセージに耳を澄ませる毎日。思い込みや常識に距離を起きながら軽やかに生きるための心の整え方を、お手紙にしてお届けしています。