あの人は…いう人だと思う
この人には…ところがある気がする

学校の先生が、友だちが
お稽古ごとの先生が
親戚や近所の
おじさん、おばさんが…

幼少期より私は
直接話したり
あるいは、話している
その人の態度を眼で見て
その内容を耳で聞いて
誰がどんな人なのか感じ取るのを
まるでゲームのように楽しんで
自動的にキャッチしていた。

たぶん、幼い頃から
人の心に興味があったり
特徴を知るのが
単純に好きだったんだろう、と思う。

じゃなきゃ
こんなに長く続いていない。
【ブログ記事】ずっと『心語り』をしていたい

 

そうは言っても、このゲームが
当時の自分にとって
良い子と評価されるための
情報収集作業だったのは
大いに認められる。

「自分ではない誰か」になるための
材料にもしてたから
大いに苦しみの種にもなった。

でも、
特に頼まれた訳でもないのに
場の空気を和ませたり
見知らぬ人の困っている状況に
早めに気がついて
何かしらお役立ちできるのは
この受け取る力を
自分で育ててきたおかげだ、
とも思える。
VIVA☆自分。

 

しかしながら。

幼少期、私の「ゲーム」は
誰がどんな人なのか感じ取り
言葉にして母親に報告する
までが、終了・完了に至るまでの
流れだった。

「あの人はさぁ、あー言ってたから
きっとやさしい人なんだと思う」

「あの人はさぁ、
意地悪そうな顔して
こんなこと話してたから
きっとあーいう人だろうな」

「お母さんはさぁ、今、
こう言ったでしょ
だから、こういうところが
あると思う」

止まらない私のおしゃべりに
母親から静かな表情と声で
トドメが刺される。
「うるさい」
「黙りなさい」

楽しいはずのゲームは
強制終了となる。

 

大人になった今
「ゲーム」は自分の中だけで完結するか
必要な人と、必要な部分だけを
共有するようにしている。

なぜなら、私が当時
ペラペラと言葉にしていた内容は
誰かの人格や想いを
決めつけることだと
自覚できるようになったから。

逆の立場になって
誰かが放った言葉に
怒りが込み上げたり、
悲しくなったりを
実際に経験したり
想像できるようになったから。

私の母親は大家族の中で
常に忙しい人だったし
そうじゃなくても
家事の効率を学ぶのには
ピカイチの師匠だった。

母親が私の話を遮った本意は
その場その場で
色々違ったのだろうけど

お母さんは
今、忙しいんだな
今、急いでるんだな
と察するステージならともかく

アレ?自分が話してる
内容が良くないかも?
と己を疑うステージを
もし、母親が
幼い私に説明なしで挑ませたのならば
なかなかレベルが高くないか?
などと最近思ってしまう。

幼少期に自分の母親から静かな表情で
「うるさい」
「黙りなさい」
だけを発っせられたら、さすがに
ひえ~っ!怒られた~!と
縮みあがらないだろうか?

理由はよく分からないけど
とにかく言われた通りにしないと
この世が終わってしまう!などと
怯え切ってしまう勢いで
大げさな捉え方をしがちになるのは
私だけだったのかなぁ。

とにかく私は
なぜ怒られているのか
よく分かっていなかった
あるいは
怒られる理由が
腑に落ちていなかったのだ。

オブラートのような薄い積み重ねだが
私は話したい欲求を抑え
でも、時々言葉にすれば
やっぱり良い顔をされない経験を通して
自分の個性に
『私が話したい話はつまらない』と
長い間レッテルを貼りっぱなしだった。

 

真意を確かめるのは、永遠にできない。

アレ?かあさん、
もしかして単純に
説明するのが面倒臭かっただけ?
もしくは、
自分に対して
フィルターの無い言葉は
図星中の図星だったのかなぁ?

 


星野 華..:*✽
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星野 華
季節の移ろいを感じ、星空からのメッセージに耳を澄ませ、思い込みや常識に距離を起きながら軽やかに生きるための【心の整え方】を、お手紙にしてお届けしています。