こだわり続けた『架け橋』の意味
中学校入学直後、
友だち作りを焦って
「場を居心地良くしたい」衝動のまま
いつも以上に色んな事を急いだ。
出身小学校が違う子との
共通の話題探し
部活選びの基準の確認
サービス精神から出た
教科担当の先生のモノマネ…
急いだおかげで
「所属している」安心が
少しずつ芽生えた。
”いつも一緒にいる子(たち)”が
定着した頃、目に留まった子。
その子は中学入学をキッカケに
遠いところから転校してきていた。
自分に比べて
一人行動、一人時間が長い。
学校生活に限らず
この子には登下校の景色さえ
何もかもが新しい・・・
ということは「心細くて寂しいはず!」
私は思い込みを発動させた。
”グループ”を離れて、
私はてん(転校)ちゃんと話した。
実は家が近かったり
音楽が好きな者同士だったり、と
お互いを知り合っていった。
そのうちに、てんちゃんが
グループに行き来するようになった。
「てんちゃんは心細いはず」と感じた
私の気持ちは、一旦、
満たされて落ち着いた。
と、同時に
グループの中に
自分の居場所が無いような
居心地の悪さを強め始めた。
誤解や勘違いが無いよう
それは誰かの限定的な言動が
キッカケだった訳ではない。
まるで【自動的】に生まれた感覚。
私は中学の一年間、
不思議な違和感を持ちながら
グループの仲間たちと
確かに笑い合いながら過ごした。
私は成長し、大人になっても
当時の、不思議な違和感の
正体を求めた。
楽しいはずなのに、居心地が悪い…
私がいない瞬間の盛り上がりで
パッと明るい笑い声も起こるだろう。
てんちゃんと、ある一人が
同じ部活動を選んだのだから
親睦も深めていったのだろう。
振り返れば、本当に満たしたかったのは
誰かと誰かを【つなぐ役目】を果たした
私の【行動】に対しての注目と理解だった。
「 【アナタたちを引き合わせた】
私を差し置いて
楽しげに語らい、仲良くしているって
どういうことかしら?
【橋渡し】をしたのは私だよ」
ずいぶん置いてきぼりにされた私の本心が
大人になった私に、控え目に伝えてきた。
「所属している」安心を優先させたばかりに
私の本心は青春を楽しむことなく
振り回されれていたのだった。
つなぐ役目は買って出た訳で
どんなに探しても、
頼まれた筋合いは永遠に見つけられない。
大人になり、
まずは過去の自分の発想や動きを
十分に愛しむようになって
ようやく不思議な違和感から解放された。
そんな私の現在の発想。
つなぐ役目を【自動的】に果たす能力が
生まれながらに備わっていたならば
それは、私が生きる中で育てた大切な宝物。
意識を置く場所が変われば
新しい解釈が生まれるのは自然な流れ。
今は、そんな自分に対して
喜びを感じるだけでなく
感謝の気持ちでいっぱいになれる。
「所属している」安心ではなく
「存在している」安心で満たされている。
この着地点を目指すための、
見事な伏線回収。
もう、私は
『架け橋』になりにいかなくてもいい。
だって
私の存在自体が、誰かや何かにとっての
『架け橋』なんだもの。

星野 華..:*✽
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