死にたい、消えたいは、どうしようもないのを思い知る
現在のご時世に
このネタを語るのは
ご法度だということを承知で
言ってみようと思う。
私の実家の母は
昨年2019年秋に
しばらく耐えていた
体調不良を押して
紹介状無しで市民病院に
飛び込んだ結果
ステージ4の肺がんを患っている
診断をいただいた。
おかげさまで
現代の最新医療技術によって
生命は維持されている。
ただ
母の「生命」の維持が
母の「心」の存在維持のタイミングと
ドンピシャかということは
私には想像の域であり
真実を知っているのは
神様と母でしかない。
ここで今の私が
心の中だけで思っている
”本当のこと”
を話してみようと思う。
私は娘として
母の命のタイムリミットまで
母の「旅立ちに付き合う」
というのを
母が生涯に一度しか
行くことのなかった
東京ディズニーランドに
「付き合った」程度の気分と
思い込んで
昨年秋からこの春まで
自分よがりのカンチガイを
持ちながら過ごしていたのに
気が付いたエピソードがあった。
5月中旬
私は母の日に
カーネーションを送った。
カーネーションが
実家に届いた報告として
母から
ありがとうのメッセージと共に
母がカーネーションを抱いて
微笑んでいる写メが
送られてきた。

実家に届いたカーネーション
奥でワンコが休んでます
その画像を目にした瞬間、
私の感情のタガが外れた。
自分一人では
肌感覚でしか感じられない
視覚では分からない
熱い涙が溢れて
私は、鏡ではなく
だんなさんに駆け寄った。
単純に会話などで
母と喜怒哀楽を
共にできる時間が
限られてきている悲しみと
母の心の中を
主観だけで
理解していると思い込んでいた
母に対する恥ずかしさと
カーネーションを抱いて
微笑む母の姿を見て
へたってしまった自分の弱さと
どんな風にして
私をなだめて良いか
だんなさんをオロオロと
困らせてしまっていることと
全部がごちゃ混ぜになって
自分に対して猛烈に腹が立って
しかたなかった。
今(コレ書いてる時)は
あの瞬間を振り返ってるから
「腹が立ってしかたない」
なんて冷静に言葉にできているけど。
無力な私が今できるコトは
せいぜい
真夜中に爆食いして
自分の気分を
発散することくらいだ。
私は弱い。
死ぬことはできないけど
マジで、消えたい。
母は電話でよく
「私なんかいてもいなくても
どっちでもいいから
まーいーわー」
と言っているが
もしかしたら
病気を患いながらも
生きてはいるけど
父の分までご飯は作っているけど
心の中では
さっきの私みたいに
今すぐは死ぬことは
できないなー、とか
もう消えたいんだけどなー、とか
あそこに行ってみたいなー、とか
考えているような
心の声を誰かに言いたいのを
我慢しているのかもしれない。
この私の想像が
当たっているなら
母はなんて強い人だ。
さすが
“ハイパー専業主婦“だ。
たかだか
“すてきな奥さん“
気取り程度の私なんぞ
比に値しない
自分の器の小ささに
落胆と同じくらい
やっぱり怒りが込み上げる。
こんな夜は早く寝よう。
そして
どんなに願っても来てしまう
朝を迎えるしかない私は
どんな可能性を
持っていたとしても
所詮、命の長さは有限である
ただの無力な人間だ、
と気づくことができた。
コレが今の私が
心の中に持っている
”本当のこと”
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●日本心理カウンセラー養成学院養成講座修了
●心のブロック解除~マインドブロックバスター®️
●肯認学~LOVEBLE WORLD METHOD®️セラピスト
●さとう式リンパケア~セルフケアマスター












