怒るなら、やらなきゃいいのに?
最近、日常生活で
頭と心(エゴと無意識)が
バラバラになる瞬間が多い。
代表する厄介は冷え。
この数年、気温の変化が
想像を越えて
体調に影響を与えてくる。
自分の健康に対する過信。
そして、更なる厄介がプライド。
「寒さや体調を言い訳にして
動けない・動かないって
どういうこと?」
自分の許容範囲に対する過信。
二つの過信が混ざって生み出された
焦りと怒りの感情に包まれて
目の前の事柄と
自分自身の取扱いが雑になっている。
とても気に入らない。
自分が良かれ、と思ってやり始めた
家事の最中。
イライラし始めているのを感じて
まただよ~、とげんなりした時に
思い出したエピソード。
自宅周りの生垣や樹木のお手入れ。
趣味の域を越して
仕事という義務になるや否や
自然とのやさしい触れ合いが
一気に重労働に変わってしまうのは
私にも身に覚えがある。

知人男性がこんな話をした。
「奥さんが慣れない剪定を
怒りながらするもんだから
家の周りが丸坊主になっちゃったよ」
「ご飯も作れないぐらい
クタクタになるまでやるから
奥さん寝込んじゃってさ」
「そんななら、
最初っからやらなきゃいいのに」
そうなんだ、と
返事をする以外の一切を
拒絶してしまった私。
この”奥さん”の
お人柄も薄く知っていて
想像力が働き過ぎてしまったのと
知人男性の発想に対する疑問が
溢れ出てしまい
一瞬で疲労困憊まで自分を追いつめ
薄ら笑いでいるのがやっとだった。
たしかに”奥さん”は
信念に沿って徹底的に取り組むし
私にとっては
自分の行動や感情を
主張できるタイプで
実際、彼女の怒りの
受け皿になった経験もある。
にしても、だ。
剪定作業が慣れていない、
ということは
それまで他の誰かが
やっていたのだろう。
隣接する家屋へ伸びていく
植物を見かねて
作業するのを決めたのだろう。
体力の限りと、作業の区切りが
噛み合わなくなってくる我らの世代。
思い通りにならないことが
静かに激増する毎日。
イライラを外に出せば
大人げない、と評価され
イライラを封じ込めれば
身体のそこここが
痛みやシビレとして悲鳴を上げる。
剪定作業しながら、
ご飯の献立や段取りを
想定しただろう。
疲労が上回って
ご飯の準備をしない判断までの
葛藤があっただろう。
お布団で横になって休むまでの
シミュレーションもしただろう。
まさかイライラしながら
今日を終えることになるだなんて
思いもしなかっただろう。
果たして、剪定作業は
やらないほうが良かったのだろうか?
身につまされる話として
刺さるポイントがありすぎる。
続きは、
自分がもう少し
客観性を取り戻してからにしようと思う。

星野 華..:*✽
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