祝【ハッスル症候群】卒業
私は幼少の頃から
春の季節を迎えると、自動的に
【ハッスル症候群】を
発症していた。
【ハッスル症候群】とは
誰にも頼まれていないのに
ありったけの責任感を前面に押し出して
(ガチで)無意識のうちに
自分が良い子・良い人で
「いなければならない」という
呪文ものようなモノに
かかっている状態を指す
(個人の見解によるものです)
だから正確には
自ら進んで
【ハッスル症候群】を
発症「させていた」のほうが
相応しい表現だったということに
ようやく、目出度く?
数年前に気が付くことに至った。
【ハッスル症候群】後に
エネルギー切れ・ガス欠等
もれなくワンセットでやって来る
<身体も心も動かせない>自分を
忘れ切ってしまうところが
【ハッスル症候群】の
恐ろしいトコなんだけれども…
(個人の見解によるものです)
春というのは、日本では
始まりや節目のタイミングとして
定められるモノ・コトが多く
それに伴ってヒトの移動が
つきものなので
自称・感受性豊かな「私」は
自動的に、その勢いに巻き込まれに
向かっていたのだった。
しかしながら
2023年、なう。
「私」の存在を
無理矢理カテゴライズするならば
『専業主婦』が当てはまる
と思われる。
公的な提出物なんかに見られる
□ があったら、
〇印かレ点チェックを添えるだろう。
専業主婦にとって
春 夏 秋 冬って
どんな存在だろう・・・
考えてみたところで
ひねり出されたのは
景色の美しさや
食べ物の味や植物が放つ香り
鳥の鳴き声、そよぐ風の音
そして
体感として暑い・寒いなど
変化を感じる、に尽きた。
いやいや、ちょっと待てよ、私。
そもそも「私」の存在を
カテゴリーで区別
「しなければいけない」
ルールって、どっかにあるんだっけ?
歴史ある
全日本イケてる
専業主婦選手権なんて
どこを探しても、たぶん
ない。
2023年、なう。の私にとって
春 夏 秋 冬って
単純に変化の移ろいに中に身を置き
そこでどんだけ自分にとっての
楽しみを見つければいいんや〜ん
/
暇だね、時間あるね
遊べていいね
自分の好きなことができるね
拘束されるものがなくて
自由でいいね
う~らやますぃ~なぁ~
(↑アマちゃんな私にとっては
身体も心もシュンとしちゃう
呪いの言葉)
\
私の預かり知らない、
どこか遠い場所から
聞こえてきそうな【言葉】だけど
全日本イケてる
専業主婦選手権もなさそうだし
春 はそれ以上でも、それ以下でも
ない存在と位置づけることに決めた。
イチイチ立ち止まって
シュンとしちゃうな、私!
以上、解決!
はぃー!
次!
【ハッスル症候群】後にやって来る
<身体も心も動かせない>
自分の心が安定するのが
ちょうど梅雨入りの頃。
(私の場合に限ります)
雨のおかげで
・・・(その多くは”みんなが楽しい”コト)
が中止になってくれたり
ヒトの動きが静かになってくれたり
ざっくりと
世の中が止まるような
雰囲気がするので
私に巣食う「罪悪感」たちが
本音(梅雨だけに)「しめしめ」
と思っていた。
それと同時に
ホッと一息、
「 ”安心のため息” をついても
大丈夫だよね?」と当時の私に
何度も何度も確認してきた記憶は
昨日のことのように
鮮やかに思い出すことができる。

5月のカレンダーをめくりながら
心の中で
「祝・【ハッスル症候群】
ご卒業おめでとう!
よくここまで来たで賞🏅🏅🏅」を
自分に授与してあげようと感じる
2023年の梅雨入りのお話。

星野 華..:*☆☽
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